下北沢のシンガーソングライター東京ゾンビのブログ。

仕事と音楽のバランス感覚を喪失しながら、
半体制半オルタナティブなマインドで音楽を鳴らす。
ギター弾き語り〜打ち込みまで日々実験中。

*各種ライブ/DJ/楽曲提供依頼等受付中。詳しくはWEBを。
<< January 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

<< フジロックが楽しみで仕方ないあなたに | main |
今のオザケン、あり?なし?

JUGEMテーマ:小沢健二

ここ数年、そんな自問自答を続けているかもしれない。

マジでどうでもいい悩みを徒然なるままに。

 

前回の「魔法的なんちゃらなんちゃら」の武道館ライブのMCを見たり、

その後ライブで一聴してお気に入りだった「フクロウの声が聞こえる」が

意表をついたセカオワとのコラボバージョンになって悔やまれたあたりで、

 

今のオザケンは”なし”が私のコンセンサスであった。

(Mステでサビ前にYo!!みたいな掛け声をやってたあたり頂点)

 

そして、時は2020 全力疾走してきたよねのオザケンの新譜は

あまり期待もしていなかったが、“あり”だった。

 

NHKのSONGSを見れば、(今さら)Twitterにはまっている小沢健二

51歳を、”なし”目線で見てしまうものだが、彼のツイートはある種今の殺伐とした

ツイッターのタイムラインの中でとことんピュアネスだった。

 

ヘイト、煽り、はたまたインフルエンサー、あぁ言えば上祐的根拠のない

意志と意志のぶつかり合い、エゴ、政治的声を上げてもSNS上でしか盛り

上がらない、目に見えない大勢力”大衆”との圧倒的な差。

 

ツイッターが時にムーブメントも起こすことはあるんだけど、

何だか実体を伴わないいわば口だけメディア感がでかくて

不快に思うことが多くなっていた今日この頃。

(私も不快を撒いていたらごめんなさい)

 

首相がどんなに不正まがいなことをしていても、

変わらない世の中にリベラルなツイッター民は少し辟易していたのではないか。

 

ツイッターで声をあげても変わらない世の中。

国民の方向を向いていない、少数をないがしろにして

しまっている政治を結局支持しているよくわからない大衆。

 

私たちに足りないのは、結局”教育”なんじゃないかと思っていた。

 

そして、オザケンのツイートは教育=啓蒙だなと思った。

 

******************

 

といっても最初はオザケンをとても警戒していた。

日本のいいところをやたらつぶやいたり、

日本の売れっ子とのコラボをやったり、

結構あざとさを感じていたからだ。

もしかしてお金なくなった?とか思ったり。

 

しかし、それが実は”啓蒙”することに全力を注いでいるとしたら

手段は問わずにやるってのは凄いことなのではないか。それは

トランプみたいな炎上ポピュリズムと真逆の正義だったりしないか?

 

だんだんそんな気がしてきた。

 

そして、”幸せ”ってなんだろうって音楽を作りながら私はわりと

追求している方だと勝手に思っているけれど、なんだかオザケンの

新譜には”幸せ”の材料がしっかり埋め込まれている気がした。

 

******************

そもそも旧曲「僕らが旅に出る理由」あたりから人生の普遍性、

すなわち「出会いと別れ」「生と死」「宇宙と地球」要素が

バランスよくちりばめられすぎてグッと来ていた。

それは人生の起伏に喜びがあるということ。

 

さらにタモリが絶賛したと言われる「さよならなんて云えないよ(美しさ)」

の”左へカーブを曲がると光る海が見えてくる、ぼくは思う!この瞬間は続くと!いつまでも”

がものすごくさりげなく表現されている、日常風景に潜む人生の喜び。

 

さて、今回の「フクロウの声が聞こえる」の”好きになること嫌うこと 轟音を上げる

エンジンの音 いつか混沌と秩序が一緒にある世界へ”の異次元に誘う重み。また、

”天を縫い合わす飛行機”という超上から目線(いや宇宙目線)でライブ段階でもはや

ググッときていた。というかここだけの話初めて聴いた時に初めてライブで泣いた笑

 

そして、今回この上ないのはラストを飾る曲「薫る(労働と学業)」に”フジロック”出てしまったよね。

 

憧れの、大好きな音楽を求めて、下手すると三日間雨にまみれになってしまう

フジロックは普通の喜びの2倍に跳躍する超危険麻薬です。

そして、フジロックの起伏の激しさはぷち人生の縮図そのもの。

 

日頃都会で仕事しているものが、田舎へ行き、屋根もない不自由な環境で

音楽を聴くという堪え難い喜びは、環境の苦行だけでなく日頃の苦行なくして

生まれない喜びである。生活環境は恵まれているけど、気疲れで精神的に退廃

している日々の暮らしと、共同トイレやテント一つで世を凌ぐ暮らしにくいけど、

一度ステキな音楽に触れれば体が高揚するあの感じ。

 

※ちなみに最近のフジロックは資本主義の波に翻弄され始めているのも

 敏感に感じるがそれはまた今度!

 

オザケンは数年前にフジロックに行ってすぐ気づいてしまったんだろうなきっと。

 

 

はい!

 

 

話が飛躍しましたが、戻しますと彼が甘い言動で若干ポピュリズム的売れ方を

しようとしているんじゃないかと危惧した私でしたが、結局彼のメッセージには

一貫性があり、そういった意味ではなんら変わっていないのではないか。

そして、今までと違うところは、啓蒙を意識している点ではないか。

 

別にアメリカ住んでたから偉そうとかではなく、彼のおもしろいという

考え方を見てあなたがどう思うか?ヒントを与えているように思える。

ある種やっていることはブラタモリ的なことで、物事ってこんなに

おもしろいんだぜって啓蒙してくれる感じ。世界を見てきた彼は知らない

はずがない、世界的に若干浮いている日本の危うさ。

 

でも、悲観せずにそれなりの考え方があって今いる日本の良さもとことん考えるべきだと。

 

そうやって考えた時に、貧しくても戦後著しく復興した日本人だから、

これからどんどん経済力が弱くなってもお金とかじゃない価値観ももしかしたら

追求していけるんじゃないかそんな考えを巡らせるところまで私は至った。

現に英語勉強し始めてちょっと危機脱しようと思っていた私だったけど。

 

 

最後に、なんかうまく意図が伝わらない可能性もあるけど、

幸せを追求していく先に何か社会を動かすダイナミズムが生まれる気が

しているので、オザケンの魔法に囚われすぎずにもう少し実体を生きよう

私は啓蒙された気がする。

 

 

ということで今のオザケン、私は”あり”ですが皆さんはいかが?

 

 

スポンサーサイト
COMMENT