下北沢のシンガーソングライター東京ゾンビのブログ。

仕事と音楽のバランス感覚を喪失しながら、
半体制半オルタナティブなマインドで音楽を鳴らす。
ギター弾き語り〜打ち込みまで日々実験中。

*各種ライブ/DJ/楽曲提供依頼等受付中。詳しくはWEBを。
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今のオザケン、あり?なし?

JUGEMテーマ:小沢健二

ここ数年、そんな自問自答を続けているかもしれない。

マジでどうでもいい悩みを徒然なるままに。

 

前回の「魔法的なんちゃらなんちゃら」の武道館ライブのMCを見たり、

その後ライブで一聴してお気に入りだった「フクロウの声が聞こえる」が

意表をついたセカオワとのコラボバージョンになって悔やまれたあたりで、

 

今のオザケンは”なし”が私のコンセンサスであった。

(Mステでサビ前にYo!!みたいな掛け声をやってたあたり頂点)

 

そして、時は2020 全力疾走してきたよねのオザケンの新譜は

あまり期待もしていなかったが、“あり”だった。

 

NHKのSONGSを見れば、(今さら)Twitterにはまっている小沢健二

51歳を、”なし”目線で見てしまうものだが、彼のツイートはある種今の殺伐とした

ツイッターのタイムラインの中でとことんピュアネスだった。

 

ヘイト、煽り、はたまたインフルエンサー、あぁ言えば上祐的根拠のない

意志と意志のぶつかり合い、エゴ、政治的声を上げてもSNS上でしか盛り

上がらない、目に見えない大勢力”大衆”との圧倒的な差。

 

ツイッターが時にムーブメントも起こすことはあるんだけど、

何だか実体を伴わないいわば口だけメディア感がでかくて

不快に思うことが多くなっていた今日この頃。

(私も不快を撒いていたらごめんなさい)

 

首相がどんなに不正まがいなことをしていても、

変わらない世の中にリベラルなツイッター民は少し辟易していたのではないか。

 

ツイッターで声をあげても変わらない世の中。

国民の方向を向いていない、少数をないがしろにして

しまっている政治を結局支持しているよくわからない大衆。

 

私たちに足りないのは、結局”教育”なんじゃないかと思っていた。

 

そして、オザケンのツイートは教育=啓蒙だなと思った。

 

******************

 

といっても最初はオザケンをとても警戒していた。

日本のいいところをやたらつぶやいたり、

日本の売れっ子とのコラボをやったり、

結構あざとさを感じていたからだ。

もしかしてお金なくなった?とか思ったり。

 

しかし、それが実は”啓蒙”することに全力を注いでいるとしたら

手段は問わずにやるってのは凄いことなのではないか。それは

トランプみたいな炎上ポピュリズムと真逆の正義だったりしないか?

 

だんだんそんな気がしてきた。

 

そして、”幸せ”ってなんだろうって音楽を作りながら私はわりと

追求している方だと勝手に思っているけれど、なんだかオザケンの

新譜には”幸せ”の材料がしっかり埋め込まれている気がした。

 

******************

そもそも旧曲「僕らが旅に出る理由」あたりから人生の普遍性、

すなわち「出会いと別れ」「生と死」「宇宙と地球」要素が

バランスよくちりばめられすぎてグッと来ていた。

それは人生の起伏に喜びがあるということ。

 

さらにタモリが絶賛したと言われる「さよならなんて云えないよ(美しさ)」

の”左へカーブを曲がると光る海が見えてくる、ぼくは思う!この瞬間は続くと!いつまでも”

がものすごくさりげなく表現されている、日常風景に潜む人生の喜び。

 

さて、今回の「フクロウの声が聞こえる」の”好きになること嫌うこと 轟音を上げる

エンジンの音 いつか混沌と秩序が一緒にある世界へ”の異次元に誘う重み。また、

”天を縫い合わす飛行機”という超上から目線(いや宇宙目線)でライブ段階でもはや

ググッときていた。というかここだけの話初めて聴いた時に初めてライブで泣いた笑

 

そして、今回この上ないのはラストを飾る曲「薫る(労働と学業)」に”フジロック”出てしまったよね。

 

憧れの、大好きな音楽を求めて、下手すると三日間雨にまみれになってしまう

フジロックは普通の喜びの2倍に跳躍する超危険麻薬です。

そして、フジロックの起伏の激しさはぷち人生の縮図そのもの。

 

日頃都会で仕事しているものが、田舎へ行き、屋根もない不自由な環境で

音楽を聴くという堪え難い喜びは、環境の苦行だけでなく日頃の苦行なくして

生まれない喜びである。生活環境は恵まれているけど、気疲れで精神的に退廃

している日々の暮らしと、共同トイレやテント一つで世を凌ぐ暮らしにくいけど、

一度ステキな音楽に触れれば体が高揚するあの感じ。

 

※ちなみに最近のフジロックは資本主義の波に翻弄され始めているのも

 敏感に感じるがそれはまた今度!

 

オザケンは数年前にフジロックに行ってすぐ気づいてしまったんだろうなきっと。

 

 

はい!

 

 

話が飛躍しましたが、戻しますと彼が甘い言動で若干ポピュリズム的売れ方を

しようとしているんじゃないかと危惧した私でしたが、結局彼のメッセージには

一貫性があり、そういった意味ではなんら変わっていないのではないか。

そして、今までと違うところは、啓蒙を意識している点ではないか。

 

別にアメリカ住んでたから偉そうとかではなく、彼のおもしろいという

考え方を見てあなたがどう思うか?ヒントを与えているように思える。

ある種やっていることはブラタモリ的なことで、物事ってこんなに

おもしろいんだぜって啓蒙してくれる感じ。世界を見てきた彼は知らない

はずがない、世界的に若干浮いている日本の危うさ。

 

でも、悲観せずにそれなりの考え方があって今いる日本の良さもとことん考えるべきだと。

 

そうやって考えた時に、貧しくても戦後著しく復興した日本人だから、

これからどんどん経済力が弱くなってもお金とかじゃない価値観ももしかしたら

追求していけるんじゃないかそんな考えを巡らせるところまで私は至った。

現に英語勉強し始めてちょっと危機脱しようと思っていた私だったけど。

 

 

最後に、なんかうまく意図が伝わらない可能性もあるけど、

幸せを追求していく先に何か社会を動かすダイナミズムが生まれる気が

しているので、オザケンの魔法に囚われすぎずにもう少し実体を生きよう

私は啓蒙された気がする。

 

 

ということで今のオザケン、私は”あり”ですが皆さんはいかが?

 

 

フジロックが楽しみで仕方ないあなたに

 

今年もフジロックがまもなくやってくる。毎年そわそわする7月。タイムテーブルまだかい。まさかのキャンセルないよね。仕事調整つくよね。

 

そんなやきもきなIN BETWEEN DAYSで迎えるフジロックは圧倒的非日常。でありつつ、慣れてくるとお正月的いつも実家に帰ってくる感じ。でもそこは実家と違うのだ。土の香り、やさしい風、朝からお酒飲むのが超普通のたしなみのJUST LIKE HEAVEN!

 

(CURE寄せすぎすみません)

 

一度フジロックのゲートを超えると、自然との戦いだったり、体やお金との戦いが始まる。そして、はたまた疲労ゆえの自分の音楽嗜好が激変する。これこそフジロックの魅力である。3日目疲れ過ぎて見たかったアーティスト断念してアンビエントに走ったり、逆にハードロック聴いてやるとかいってヘッドバンキングしてたらメガネ割れたり。。。

 

去年は台風がだいぶアクセントだったよね。その後のボブディランの風に吹かれてとか。

 

そういった、ただレッチリを見た、憧れのバンドを見たの一言では語れないドラマがフジロックにはあるんです。

 

そんな私はかれこれ5年前くらいから下北沢でフジロックラウンジを開催。下北沢の知人を中心に、オープンスタンスでオールフジロッカーの皆様の交流の場としてお届けしています。

 

DJとパネルトーク、そしてリクエスト大会的な感じの双方向コンテンツでお待ちしてます。ゆったりスペースのお店でご飯もあるのでごゆっくり〜。

 

詳細はこちらのページでも。
http://tokyoxzombie.jimdo.com/live/

 

 

JUGEMテーマ:ROCK

アンハッピーxサイレントxラッシュアワー

JUGEMテーマ:通勤

 

アンハッピー大国日本において、朝のモーニングラッシュはアンハッピー指数を底上げしている一つの事実である。

そんなことを嘆きながら長い間サラリーマンやってきたわけだけど、先日思わず変わらなければと思った次第である。

 

そういえば英語だとラッシュアワーっていうんだけど、ジャッキーチェンとクリスタッカーがタッグを組んだ映画の名前がそうだったなと回顧したいところではありますが本題に入ります。

 

満員電車に関してはいろいろ残念なこと多いけど、どうしても複合的に嫌な気分になるのが、車両の奥の方から降りる時にぐいぐい押す事象。

 

基本一言降りますって言えば、比較的どいてくれるのに無言の圧力で主張してくる感じなかなかすごいよね。まぁ満員電車で駅がどこだかわからなくなって慌てて降りなきゃいけない時もあると思うのですが、グイグイ人を押して出るのやめて欲しいです。そしてさらに悪いことに、これシャイな日本人特有なのかな?、無言なのね。一言「すみません降ります」って言ってくれればみんな道開けるのに、押さなくて済むのに言わない。もちろん、一言もないと出口付近にもかかわらず、まじで一度降りるの完全拒否の地蔵ピープルもいるんだけど。完全拒否地蔵ピープルのせいで降りなくてもいいポジションの人が、え、まじ私降りるの?ってなるのも歩合が悪い。

 

そんで今回のケースは、奥の方から降りたそうに動き始める人いたなぁと思ったけど、あまりにもペース遅過ぎてもう、駅から乗る人が乗る儀式済んだ後にまだ真ん中ぐらいなのね。

 

で、いてもたってもいられず、というかこのまま彼はグイグイ進み続け本当に迷惑ものになりそうだったから、「降りる人いまーす」って私が声あげちゃったよね。

 

ここで振り返ります。まず彼へ。降りる宣言してくれよ。というのと、もう道開けるの諦めてる人々人々、気を使ってやってくれ。そして、彼は道を開けない限りグイグイ進んでくるぞ、第ニ形態のシン・ゴジラみたいに街の秩序を壊す。(シン・ゴジラの得体の知れなさって、時々日本人に感じるよ)

そして、みんなへ。動かずやりすごしたい気持ちはわかるけれど、あればどう見積もったって遅かれ早かれ降りることになるのは明白なんだから堪忍して降りれば10秒くらいスムーズに乗車できるよ。

 

何はともあれ、やっぱこの押し問答、全て無言はなかなかシャイですよね。

 

ほんとお願いしたいのは、一声勇気を振り絞って声を掛け合うこと。(誰目線だよ?になっていますが気にしません)サッカー選手ならみんなやってるように。そして当事者ではなくても、声出してしまってもいいかもしれない。みんな社会の歯車になって潤滑に社会を回してるのに、こういう時のギアのかけ違いは気にならないのはもったいない。

 

ミクロな話だけど、これが変わったら社会が少し変わる気がするのです。みんな声をあげる。

 

今こそ草の根的にマインドを解き放て、日本人。私も気持ちお節介に声を上げるから。
 

お幸せに

 

2012年の照りつける太陽と眩しそうに遠くの山を見ているフジロックの井上陽水の締めの言葉は、「お幸せに」だった。ハッピーニューイヤーみたいに間抜けなハッピーではなく、「お幸せに」にはいい重みある。おぅおぅ、なかなかそんな言葉使わないぞ、井上陽水!!尊い人(リスペクト)

 

さて、最近アンハッピー因子が飛び交って仕方ない気がしている。

 

わりと見るほうだから見なければいいのだけれど、テレビを見ていても、ウェブ記事を見ていても、ツイッター見てもどこも偏っていて、この情報たちに辟易する。

 

政治や社会問題に関するものならまだしも、アホな政治家、アイドルのゴシップ、悲惨な事件の犯人たたきなどすべてエンタメ感がしてしまって。テレビは最近ひどいよね。

 

でもこれ、テレビだけじゃなくてもツイッターとかでもあって。テレビほどしょーもない層に向けてないけど、いや、正義心あるものもあるんだけも、ある種のエゴイズムが遍いていて、というのはやはりバズりを狙っている節もあり、ある種の政治のロビー活動的な匂いが最近するんだな。この記事もまたエゴだけど。

 

最近それらに一喜一憂して感情を無駄遣いすることに、疲弊する。

 

そして、いいねやフォロワーの数とかに、なんだか自分の小ささを比べてしまったり、感情の磨耗を昔より感じるんだな。

 

しかし、自分は自分だから。何やっててもハッピーを感じられるならいいじゃんて思いたい。

 

年収や仕事とか比較しても上には上がいて限りがないのだから、いま石ころみたいに転がってるローリンストーンな人生を愛でてやってもいいんじゃないかって思う。で、アンハッピーなら自分がハッピーだと思う時を、箇条書きでつらつら書き連ねて、逆にアンハッピーなリストも同じように書き連ねて、ハッピー比率前年比1パーセントUPとかやってたら楽しいんじゃないかとか思う。これ資本主義世界で働いてる人たち仕事で結構やってるなぁ、というかやってて思いついた。たぶん自分はリスト化までしてないけど、音楽制作でやっている気がする。

 

そもそも世界的にトランプみたいな危なっかしいやつがポピュリストで人気になる感じや、形だけつくろって中身の伴わない日本の首相とか、とーでもいいテレビ番組がゴールデンで幅利かせている世界と戦うのもなかなか神経使うと思う。

 

ここまでついてこれた人いるかわかりませんが、満たされない何かがあるんです。遍いているんだよなぁ。

 

これらの満たされない何かはなんだろうか。

 

何というか、テレビやSNSでどうとかできない隙間みたいなもの、いや前からあったと思うんだけど、それは隙間程度かと思っていたら何か巨大な空洞だったみたいな。

 

何か大きなものが欠落してる。

 

異種混合の人たちがもっと議論したりぶつけ合ったりするような祭典が何か必要な気がするんだよなぁ。それもともと国と国の争いを運動で解決したいオリンピック的な発想かもしれない。でも素晴らしいアスリートたちが競い合い、それを見る傍観者の構図は何だかもう別物で、所詮エンターテイメントなんだよね。グローバリゼーション以降、国の代表みたいな幻想もどーでもよい。

 

それよりマイ運動会みたいなことやったほうが楽しそうだな。

 

それで話がうろちょろしたけど、自分が最近とてもハッピーだったことは、近くのバーで飲んでて、スターウォーズ好きの若者と喋ってて、昔誰かにやってもらったように一杯奢ってみたりとかして、楽しい夜を過ごして、また入れ替わってやってきたお客さんがいい感じに酔って最近あったどーでもよいことをつらつら楽しそうに語っている感じ、そしてバトンタッチをして徒歩10分の道のり。

 

深夜2時街にはまだまだ眠らない人たちが、夜と戯れる。酒場から漏れる音や、付き合ったばかりのカップルが初めて泊まりに行く感じとか(たぶん)垣間見れて、こんな夜が忙しい昼間のハードルをまたいで、無限ループで続いてて、いま自分ここにいると感じた時。

 

なんだか良い夜だった。

 

そんなナイトクルージングな曲を今作ってます。それが幸せです。

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

あの頃は良かったなぁ

昔はよかったな〜、あの頃は良かった〜。

 

が口癖の、懐古主義的なおとなになりたくないなと思う今日この頃です。実際そうだったとしたら今を楽しむことを深掘りしたいです。

 

さて、この季節、5月は本当に一年で一番過ごしやすく、これから来たる夏への高揚感も内に秘めていることから、個人的に神無月ならぬ、神在(り)月です。

 

汗ばむこともなく、夜寒くて凍えることもなく。

 

そして、こんな季節が、年々愛おしく、温泉に入ったり、マッサージをするその行為より、今この素晴らしい快適な季節に生きているということだけで、かなりおトクだと感じています。

 

でもまぁ昔はそこまで強く思うことがなかったし、昔は全体的に過ごしやすく、もっと季節ごとの思い出も強かったきもします。

 

昔は夏が今ほど暑くなくて、今みたいに

暑くてだるくてやる気がなくなる〜ってことなかった気もします。また、雪の季節、寡黙で人間付き合いがあまり得意とは言えないじーちゃんと庭で、雪の滑り台をつくってソリ遊びしたなぁ。など結構楽しみでした。しかし、雪減りましたよねぇ。

 

このようにたしかに昔の方が楽しみバリエーションがあってよく見えますし、実際、年齢的なのか、温暖化なのか、夏冬のきつさあると思います。

 

しかし、それらを経て、感じる5月の良さ。他の月があまりよくなくなってきたから浮き彫りになる5月!暑い、涼しい、寒い、あったかくなってきた、朝晩ちょうど良い、研ぎ澄まされつつある五月の良さ、私は感じます。

 

こんな季節は、仕事もはかどるし、音楽も心地よく、ピクニックもよいでしょう。

 

私は東京ゾンビという名前を名乗るくらい、ネガティブ目線ですが、ネガティブな時、すなわち昔の方が良く見えるときでも、今の利を見つけて夢想するしぶとさがあります。

 

ということで、この絶妙なリラクゼーションシーズンに、下北沢の街角で音楽なんてどうでしょうか?

 

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下北沢旧北口(無印良品のお隣)の小洒落たカフェNORAH'S COFFEE TABLEにて弾き語りライブをやります。

 

ディッセンバーボーイズの中村泰久を迎え、変わったライブセットでやります。

25分x2セットx二人で交互にライブをやる2部制!

 

ふらっとコーヒー一杯立ち寄りも可能ですが、スペシャルセット事前予約承ります。

できれば前日までにご連絡ください。※予約はメールでも承ります。

 

◆スペシャルセット内容

コーヒー(紅茶も可)

ケーキ

ホットサンド

 

◆ご予約

tokyoxzombie@gmail.com

お名前と人数をお伝えください。

※遅れての参加のOKです。その場合は一報頂けますと幸いです。

 

◆詳細はこちらも

http://tokyoxzombie.jimdo.com/live/

 

よろしくお願い致します。

 

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PS 今回の記事に関連して、Qurage Recordsのかなふぁんの曲は街の風景から透かした人生の今昔物語が見える名曲です。

 

JUGEMテーマ:日常